一人でも多く殺すことが我が日本皇軍にとっても敵兵士にとっても
人生のすべてだった。
我われの青春とはより多くの人間を殺すことに他ならなかったのだ。
一人でも多く殺すことが「来たるべき子供たち」に掛け替えのない豊かな未来を約束する、
血を吐くようなその思いが、
飢えと、恐怖と、千切れた手足が浮かぶ泥水の中で、
彼らと我われに血みどろの決意を連続させて行ったのだ。
あの凄まじい殺し合いが「無かった」などとはどうか言わないでくれ。
顔半分を飛ばされた戦友の肉片と血潮を全身に浴びて突撃した台児荘、徐州の戦いの日々。
美しい未来のために、愛と国のために、殺し、殺し、殺し尽くすこと、、
南京で、たった30万人しか殺さなかったなどと、、、
後世、
殺した敵の数を少なく言うようなことだけは、どうか、やめてくれ。
「徐州郊外
午前8時頃、わずか3時間の睡眠で出発、、、
、、中隊長命により、農村といえども、女も子どもも片っ端から突き殺す。
残酷の極みなり。
一度に、50人、60人。
かわいい娘、無邪気な子ども。
泣き叫び手を合わせる。
こんな無残なやり方は、生まれて初めてだ。
ああ、戦争はいやだ。」
昭和13年5月20日
陸軍歩兵第36連隊の戦歴。
昭和07. 第一次上海事変
10年.07 満州 → 上海 → 南京 → 徐州 →
~14.年06 武漢 → 新墻河 → 岳州警備 (帰還)
人生のすべてだった。
我われの青春とはより多くの人間を殺すことに他ならなかったのだ。
一人でも多く殺すことが「来たるべき子供たち」に掛け替えのない豊かな未来を約束する、
血を吐くようなその思いが、
飢えと、恐怖と、千切れた手足が浮かぶ泥水の中で、
彼らと我われに血みどろの決意を連続させて行ったのだ。
あの凄まじい殺し合いが「無かった」などとはどうか言わないでくれ。
顔半分を飛ばされた戦友の肉片と血潮を全身に浴びて突撃した台児荘、徐州の戦いの日々。
美しい未来のために、愛と国のために、殺し、殺し、殺し尽くすこと、、
南京で、たった30万人しか殺さなかったなどと、、、
後世、
殺した敵の数を少なく言うようなことだけは、どうか、やめてくれ。
「徐州郊外
午前8時頃、わずか3時間の睡眠で出発、、、
、、中隊長命により、農村といえども、女も子どもも片っ端から突き殺す。
残酷の極みなり。
一度に、50人、60人。
かわいい娘、無邪気な子ども。
泣き叫び手を合わせる。
こんな無残なやり方は、生まれて初めてだ。
ああ、戦争はいやだ。」
昭和13年5月20日
陸軍歩兵第36連隊の戦歴。
昭和07. 第一次上海事変
10年.07 満州 → 上海 → 南京 → 徐州 →
~14.年06 武漢 → 新墻河 → 岳州警備 (帰還)
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