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自民党関西軍事財界の走狗として立ち上げられた維新の詐欺構造が白日の元に晒された。

睦仁「教育勅語」明治維新から始まった凶暴腐敗の明治

腐った維新明治時代の新たな奴隷制が昭和平成へと繋がって来た、その維新体制を叩き切るために令和新撰組が大阪の街を疾駆した。

令和新撰組山本太郎が徹底的に府民に開示したのは科学的所見に基づく経済構造のからくりであった。

それによって自民党・軍事財界の犬コロとしてのカジノ改憲政党のインチキが大阪の街に黒々と浮上したのだ。

大阪市民はどす黒い維新の歴史を思い出した。

2008年維新橋下徹が2月3日岩国基地移転問題に絡み「何でもかんでも住民投票をやってしまえば多数意見だけに従って、政治を動かさなければならなくなる」などと住民運動への敵意をむき出しにした発言を繰り返した。

大阪知事就任は未だ2月6日のタレント気取りの男が日米安保体制にたたかいを挑む岩国市民に意味不明のいちゃもんを遥か関西から喚きまくったのである。

そのとき、

維新は、まさに改憲屋に転がされている犬コロではないかと知ったのは大阪市民・岩国市民だけではなかった。

・・・2020・10、大阪で甦った松本清張の創共協定・・・
1975年7月27日、作家松本清張が奔走した「創共協定」が公表された。
それは共産党と創価学会の支持層が資本と自民党政府の攻撃を最も受ける「弱い環」であり万難を排して共闘すべきだと創価学会が公明党の頭を超えて共産党との間に結んだものであった。
このとき資本はとりわけ軍事財界は、国民の間に階級的矛盾が暴露され労働者の反撃が始まることを恐怖して凄まじい攻撃に打って出た、自民党右翼、公安を動員して1980年には潰されてしまった。
今回大阪都詐欺構想に引き込まれた公明党を断固として拒否した創価学会が反旗を翻した。
虐げられた市民の叛乱に寄り添い奔走した作家松本清張の強い意志が大阪で甦った、
清張の意思を分り易い言葉で必死に訴え続けたのは、大阪の至宝辻元清美議員であり、市民の至宝山本太郎であった。

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